『ワルツ(令和三年度における改訂版)』


 この曲は「ズッ友」はさておき、2009年12月24日に収録しました。
 動画で使用させていただいたイラストはsime様画です。
 もちろんのこと、メールでの連絡にて使用許諾を得ております。


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 2010年2月上旬。謎の美少女"ttt5959"様に当楽曲を歌ってもらえました。
https://nico.ms/sm9620846

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『ワルツ』(歌詞)
 冷えた手に 溶け出した息
 一度きり 帰り道に
 見つけた 白い笑顔は
 泣いていた

 君と迷子の星をさがして

 針がまた進む度に
 朝がまた近づいてく
「今日は手が冷たいね」
 笑っていた

 冬を越えても
 笑顔 忘れない
「君を/遠く/ずっと――」

 幸祈る

 ワルツ
 君まで届け
***

▼終局特異点 A.D.2007《阿呆化学篇》

※本稿は虚構《フィクション》であり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。

 2007年9月上旬。18歳から2年間務めた製本業の仕事を唐突に解雇された。

 理由は「取引先に『もっと安く早く仕上げられへんのか』と足元を見られ始めたので注文を断ったから」とのこと。


 同年10月17日。ケミカルシューズ製造業の面接を受けるため会社2階の事務室に入室した。

 事務室の椅子には茶髪の長い髪をポニーテールに結った女性が着席しており、ずいぶんと驚いた様子でこちらを凝視していたが、面接官に席を外すよう促されて退室し、そうしてすぐに僕の面接が開始した。

 後日、入室時に着席していた女性は事務員として、僕は従業員として同期入社する運びとなった。


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 ――2007年10月19日。小雨の降る緊張の初出勤の日。

 延々と続く変わり映えのしない道を猪突猛進に歩き続け、勢いあまって会社の目前を通り過ぎ、咄嗟に踵を返したところ、今度は足を滑らせて転倒しかけてしまった。

 この先、無事にやって行けるのか不安になりながら気を取り直して社内に入ったが、まだ誰も来ていないようだった。


 不意に後ろから声を掛けられたので振り向くと一人の女性が立っていた。

 軽く挨拶と自己紹介を終えると、いきなり好きな音楽は何かと訊ねられた。

 どうやら彼女はThee Michelle Gun Elephant、Number Girl、Syrup16g、Bump Of Chicken等の下北系のロックバンドが好きらしくすぐに意気投合した。

 そうして同じ持ち場の彼女から直々に仕事を教わることになった。

 ちなみに会社の前で足を滑らせた情けない後ろ姿はしっかりと見られていたらしい。


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 翌日、彼女に何かお勧めのCDを持って来るように頼まれたので、彼女の気に入りそうなCDを何枚か持ち出して聴かせたらフジファブリックの『茜色の夕日』を甚く気に入ったようで何度も繰り返し聴いていた。

 後日そのCDは彼女に渡すことになった。

 それから彼女に手取り足取り作業を教わる日々が続き、「繊細そうな手」「東京の人みたいで面白い」と辛辣なことを言われて困惑したが、さらには「彼女はいるの?」「どうして彼女を作らないの?」「女の子が嫌いなの?」と受け答えに困る冷酷な質問をされ、「音楽に専念したいから」と情けない言いわけをしてしまった。

 同時に「貯金が貯まったら宅録環境を整えて曲を収録したい」と密かな夢まで語ってしまった。

 まるで馬鹿みたいだ。


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「結婚して東京に引越す――」

 ある日の昼休みに彼女からそう告げられた。

 要約すると月末に寿退社する彼女と入れ替わりに僕は補填として会社に採用されたのだ。

 その後はなぜか人生相談に乗ることになったが曖昧な答えしか返せなかった。

 相談は人間関係や子供時分の思い出話にまで及んだ。

 どうやら彼女は長い間、自分は変人なのだと思い込んでいたが、最近になって普通なのだと潔く覚ったらしい。

 東京では友人を作った方がいいのか聞かれたが、「子供ができたらママ友ができる」とは流石にその時は言えなかった。

「どんな人が来るのかと思ってたけど、いい子でよかった」

 なんだか褒めるにしても頼りないことを言われながら、意外と子供の頃の共通点が多くて驚いたが、横から割って入ってきた事務員に「結婚は結局のところお金」と断言されてしまったのだった。


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 翌週に執り行われた「歓迎会兼送別会」と銘打たれて催された飲み会は、僕にとって歓迎会だったが、彼女にとっては送別会だった。

 僕は地元の神戸で働き、彼女は東京に行き嫁ぐ道を選んだ。

 彼女は結婚を修行のようなものだと思って頑張ると言ったが、僕にとっては就職して働くことが修行のようなものだった。

「もし私が三ヶ月後に離婚して神戸に帰って来たら、また一緒に働こうね」と冗談を言ってくれたが、たとえお互い違う道を歩んでも彼女が元気に過ごして居てくれたらそれだけで僕は一向に構わない。

「定年退職まで頑張ってね」

 そんな約束を彼女と交わしたのだった。


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「この飲み屋にいる中で誰が一番好みや?」

 ふいに上司から不躾な質問をされたので、真剣に周囲を見渡しながら悩んだ。

「このお姉さんが眩し過ぎて他の人は見えないよね?」

 お座敷で僕と向かい合わせに座っていた彼女が、隣に座る"ふくよかなおばちゃん"を指さしながらとその場を上手く誤魔化してくれたのだった。

「お前は返事が遅いから指示を理解したのか分からへんのや」

「適当に『はい、はい』と答えてればいいと思う」

 上司の小言に対して、彼女が貴重な助言をくれた。


 話の流れで上司には11歳年下の妻が居ると発覚して、社員一同に「犯罪や!」と褒め称えらていた。

 また、その上司の息子は毎週ポケモンを観ているらしく、その場でポッチャマの絵を描き上げたが、年甲斐もなく中々上手だったので少々驚いた次第だ。


 当時はまだ飲酒をしたことがなかったので飲みやすい酒は何かと彼女に聞いたら「カクテルは飲みやすい」と薦められたので、とりあえず"カシスオレンジ"を注文することにした。

 カクテルを持ってきた店員に戸惑いながら年齢確認された後、初めて飲んだカクテルの味はジュースと大差ないとしか言えなかった。

「私も飲んでいい?」

 物思いに耽っている内に飲みかけのカシスオレンジは彼女に横取りされてしまった。


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 ブルーベリーソースの添えられたサイコロ状のチーズを黙々と食べる僕の様子を、母のごとく彼女は微笑ましそうに見つめていたが、事務員が執拗に乾杯を要求してくるので仕方なく注文した生ビールで乾杯に応じた。

「へえ、乾杯するんだ?」

 彼女に軽蔑の目で一瞥されたが、めげずにビールを口に含んだ。

 そうして思わず渋い顔をしてしまった。

「ビールは舌で転がすもんやなくて、のどごしを堪能するもんや!」

「彼はソムリエですから」

 上司の助言に、すかさず彼女が合いの手を入れてくれたのだった。


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 酔いが回り、事務員と横になって休んでいたら、いきなり足裏マッサージで彼女に叩き起こされた。

「痛い?」

 そう言いながら、彼女は少しご立腹の様子だった。


 事務員がお座敷に連れて来た子供二人を見て、彼女は「かわいい!」と率直に嬉しそうな反応を示していた。

 たぶん彼女の幸せは温かな家庭の中にあるのだとその時に直感した。

 円満な家庭を築いたら、彼女はきっと幸せになれるだろう。


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「俺は外人には優しいからな」

 唐突に上司が語り始めた。

「俺は在日韓国人やけど見た目は日本人やから、韓国で韓国語を話すと周囲とびっくりされるんや!」

 そんなどうでもいい話を語り出し、ついにはパキスタン人も雇ったことがあるという話題まで飛び出したので、なんだか己の所在地が判らなくなりながら話に聞き入っていたら、突然その上司に胸を揉みしだかれて身じろぎをした。

「嫌がってる……」

 目前の彼女はぽつりとと呟き、微笑ましそうにそのあるまじき光景を観察していた。

「なんでうちの会社の女はみんな胸がないんやろか?」

 それに乗じて無駄口の多い初老の同僚が本心からの愚痴をこぼし、女性達から顰蹙《ひんしゅく》を買っていたのだった。


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 上司の武勇伝が続くお座敷のテーブルの下で、彼女に無理やり靴下を脱がされたかと思うと、今度は僕の太ももの上に足を乗せてきた。

 たぶん黒いストッキングを脱がしてほしいという意思表示だったのだろうけど、流石にそんな勇気は当時の僕にはなかった。

 案の定アルコールを摂取し過ぎてトイレで盛大に吐いてしまった直後、彼女が扉を開けて入って来た。

「大丈夫?」

 心配そうに声を掛けてくれたが、もし僕が用を足していたら大変な事態になっていたような気がしないでもない。


 とにかく自分は夢でも見ているのではないのかと思うほど幸せなひと時だった。









 吐き気による何度目かのお手洗いから出ると、扉の前で彼女が僕の鞄を持って待っていてくれた。

 どうやら、そろそろ会計の時間のようだ。夢とは斯くも儚いものだ――と感慨に耽っていると、従業員一同が生暖かい目で見守るなか彼女が手を繋いできた。


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 帰り道、彼女と手を繋ぎながら歩いた。

「今日は手が冷たいね。手が冷たい人は心が温かい」

 恋人繋ぎのまま左手を引っ張られたので腕が少し痛んだが、彼女の左腕にあるリストカットの痕を思うとたいした痛みじゃなかった。


 しばらく歩いているとタクシーの前で別れ際に抱擁する〝中年の男女〟がいて、それを真似るように彼女が抱きついてきた。

「私の部屋に来ますか?」

 そう聞かれたので躊躇わずに一度だけ頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。


 生まれて初めて自分という忌み嫌われた存在のすべてを胸に抱きとめられて全肯定されたような心持ちになった。

 どこか諦めて迷いながら選んだ道だったが、彼女と出逢ったことにより、死なずに生きる道を選んだことが間違いではなかったと素直に思えたし、生きる価値や意味を見出すことが出来た。

 少なくとも僕にも人を愛する権利と心が僅かでもあることを知れたのだった。

 そうして、これまでに起きたすべての出来事は彼女と出逢い、意思疎通してそこから人生の意義を学ぶためにあったのだと覚り、果てには自分はこの日のために生まれたのだと直感した。

 同時に人と心を深く通わせるのはこれが最初で最後になるのだろうと予感した。

 だから僕にとって彼女は最初で最後の最愛の人になるだろう。

 喩え世界中に忌み嫌われ、その存在を無視して否定されようとも、彼女が僕という存在を抱きしめて全肯定してくれた過去は、僕の人生において最も大切な記憶に他ならない。

 この先どんな困難が待ち受けていようと、僕の記憶には彼女と過ごした僅かで確かな日々が今も息吹いている。

 それが一過性に過ぎない勘違いだろうが何だろうが、もう二度と困難を前に絶対屈しないと心の底から誓う次第だ。


 繋いだ手はいつか必ず放さなければならない。

 それでも彼女と伴に同じ道を歩いた記憶と温もりは決して失われはしない。

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✽.。.:*·゚MADE IN JAPAN.。.:*·゚ ✽

■2007年。神戸ケミカルシューズ関連業に就職
 当時製作に携わった商品は神戸ハーバーランド「モザイク」の婦人靴屋にて販売されました。