筆者近影
筆者近影 筆者近影

2015年8月11日

 日常をブログに書き出すと自惚れや誇大が生じるのであまり好ましくないと常々考えていたのですが、暫く日記の更新を中断したいと思います。自分語りか或いは著名人の話だけしか書けないなら、控えた方が良いかなと思い至った次第です。
 例えそれが己と異なる意見でも、そのような考えもあるのだな程度にしか受け取れずに記載できた話も多々あります。いずれにしても見識が足りないので賛同や反対ではなく、中庸であるとしか書きようがありません。
 とにもかくにも面白い話が書けないで誠に申し訳ありませんでした。


 皆様の大空が末永く快晴でありますように。


2019年1月5日 - レオナル堂

 唐突に過去を振り返りますと、作曲を開始したのは2000年(13歳)からですが、音楽素材ブログの『レオナル堂』を公開したのは2007年3月〜2008年4月頃までの僅かな期間でした。その間に就職したので仕事を優先するために閉鎖しましたが、今思えば残して置けば良かったと猛烈に後悔中であります。

 元々作曲を始めた中学生の頃は兄の作ったゲームのBGMを作りたいという目標がありましたが、兄が大学進学に伴い実家を離れたのと、筆者のゲーム離れも相まってうやむやになってしまいました。しかしながら音楽素材ブログを立ち上げたことで、BGMを提供したいという子供の頃の夢を叶えることが出来ました。利用していただいた皆様には感謝の念を禁じえません。本当にありがとうございました。

 ちなみに2000年〜2007年春(13歳〜19歳)までに作成したmidiファイルをアップロードするだけだったので連日のように新曲をアップロードしておりましたが、1曲仕上げるのに大体1週間ほどの期間が必要で、決して制作は迅速な方ではありませんでした。

「音楽で人に良く思われたいとか、音楽を積極的に人に聴かせたいとは、もう考えが及んでおりませんが、音楽の楽しさを人生から除外したくありません」という内容の文面をネットで拝読して妙に共感した今日この頃です。


2018年11月23日 - 出雲大社


 今回こそは母との最後の旅行になるだろうということで島根県まで赴きました。左の写真はスサノオが祭神の八重垣神社。右は国津神の代表格であるオオクニヌシが祭られる出雲大社の神楽殿です。神楽殿では神主による祝詞の奏上と、巫女による舞の奉納を拝見しました。


2018年4月21日 - 伏見稲荷大社


 本日は京都の伏見稲荷大社に足を運びました。天気予報では真夏日になるとのことだったので気温の上昇する正午前に帰宅しましたが、気が向いたら今度は稲荷山を登りたい所存です。

 写真でも分かる通り、本殿が朝日と反対の西向きなのが気になります。神社は陽光の当たる南向きに建てられるのが通常ですが、京都の神社ではなぜか伏見稲荷大社だけが西向きのようです。諸説ありますが、西向きは黄泉の国の方角にあたります。西向きの神社と言えば京都より遠く離れた出雲大社の本殿も西向きとのことです。見識が足りず両社ともに祭神が国津神という共通項しか見当たりませんが、真意のほどは如何なものでしょうか?

 出雲神話では根の堅州国(黄泉の国)は神々の故郷でもあるとされ、そこから穀物や富などあらゆるものが生じるとされます。つまり黄泉の国は出雲と極めて関係が深く、出雲神話の祖神のスサノオが母の居るその郷里に帰りたいと発言したのは極めて自然と言えるそうです。伏見稲荷大社や出雲大社が西側を向いてるのもそれらに何かしらの影響を受けたのかも知れません。

 イザナギから生まれた三貴子の中でスサノオだけは異質の存在で、天皇家に対抗して古くから勢力を誇った出雲の豪族を支配下に治めるために動員されたと見ることができます。天皇家の正統を主張するために作られた記紀の神話では、地方豪族の中でも著しい勢力を誇った出雲一族の祖神の出自をイザナミの子供ということにしました。高天原に馴染まないスサノオを追放した上で改めて出雲の祖神としたので、追放されたとしてもスサノオが大和朝廷側のイザナギの子供という事実は変わりません。

 結局、記紀では出雲も大和朝廷の手中に治められることになります。大和朝廷の正統性を如何に合理的に説明するか、記紀の作者たちの苦心のほどが窺えます。

 また出雲と兵庫は関わりがあり、瀬戸内海側でも『播磨国風土記』に、出雲王朝と関係する者たちが繰り返し登場するようです。摂津(兵庫側)だと西宮神社(大国主西神社)。淡路は松帆銅鐸が出雲と共通の鋳型を使っている等々、その昔より何かしらの物流があったのだろうとのことです。


2017年4月2日 - 広島観光




 母の付き添いで広島の厳島に赴きました。
 元々旅行に同行したのは老いた親との思い出を少しでも多く残したいという考えがありました。
 母の足の状態も芳しくないので当分旅行はしないでしょう。


2016年1月31日




「お化けの絵だよ」
 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。
 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。自分たちの少年の頃には、日本ではフランスの所謂、印象派の画が大流行していて、洋画鑑賞の第一歩を、大抵この辺りから始めたもので、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ルナアルなどという人の絵は、田舎の中学生でも、大抵その写真版を見て知っていたのでした。自分なども、ゴッホの原色版をかなりたくさん見て、タッチの面白さ、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、しかし、お化けの絵、だとは、一度も考えた事がなかったのでした。
「では、こんなのは、どうかしら。やっぱり、お化けかしら」
 自分は本棚から、モジリアニの画集を出し、焼けた赤銅のような肌の、例の裸婦の像を竹一に見せました。
「すげえなあ」
 竹一は眼を丸くして感嘆しました。
「地獄の馬みたい」
「やっぱり、お化けかね」
「おれも、こんなお化けの絵が描きたいよ」
 あまりに人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪を確実にこの眼で見たいと願望するに到る心理、神経質な、ものに怯え易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷めつけられ、おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現に努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいてしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、
「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」
 と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。
(太宰 治「人間失格」 1948年. 筑摩書房)



2015年7月30日 - The Mars Volta

At The Drive-In - One Armed Scissor
 At The Drive-Inは、1994年にアメリカ合衆国テキサス州エルパソで結成されたバンド。このエルパソはメキシコとアメリカの国境近くにある街で、人種的にも文化的にもメキシコの特色が強く、搾取的な政策によって貧困や差別など様々な問題を抱えた街のようです。


The Mars Volta - Inertiatic ESP
 At The Drive-Inの解散後に結成された The Mars Volta の1stアルバム『de-loused in the comatorium』は、バンドの中心人物であるセドリックとオマーが14歳の頃に出会い、僅か数年後に自殺した友人に捧げられた鎮魂歌とのこと。

「彼とは昔一緒にバンドをして、一緒に生活しながら成長した。俺たち二人は彼からインスピレーションの源を教わった。バスキア、キング・クリムゾン、ダリとかをね。だけど彼の人生はトラウマと暴力の積み重ねで、両親は小さい頃に亡くなったし、法律やドラッグで問題を起こしてばかりで、人生が無茶苦茶に破壊されているような人だった」

「俺たちはこの曲が彼との思い出を安らかに眠らせてくれることを願いながら作ったんだ。自殺した魂は浄化されないと言うけれど、この曲は彼のスピリットを安らかに眠らせるための曲なんだ。彼の魂が世界のどこかで彷徨っていたとしても、誰かがこの曲を聴く度に世界中で彼にメッセージが送られることになる。だから彼がどこかで立ち往生していても、彼の魂はきっとどこかで安らかに眠りについてくれると思う」

Public Enemy

Public Enemy - Fight The Power
 Public Enemy は、ニューヨークのロングアイランド出身のヒップホップ・グループ。政府やマスメディアなど、既成の権威からの自立を訴える歌詞や、アフリカ系アメリカ人に関わる社会・政治問題に対する積極的な活動で知られ、3rdアルバム『Fear of a Black Planet』はアメリカ国会図書館で重要保存録音物として永久保存されており、収録曲の"Fight the Power"はヒップホップ史上最も人気と影響力のある曲と呼ばれています。

Pixies

Pixies - Debaser (Official Video)
 Pixiesは1985年にアメリカ合衆国で結成されたオルタナティヴ・ロックバンド。後のインディーロックに多大な影響を与えました。ブラック・フランシスの狂気染みた喚き散らすボーカルと相反するような馴染み易いフレーズが随所に散りばめられているのが印象的です。Nirvanaの代表曲"Smells Like Teen Spirit"は、ベーシストのクリス・ノヴォセリックがこの曲のベースラインを演奏している様子にインスピレーションを得て作られた曲だと言われています。

Number Girl


NUMBER GIRL - 透明少女
NUMBER GIRL - タッチ
 1995年に福岡で結成された日本における文系ロックの草分け的存在。代表曲の"Omoide In My Head"は日本のオルタナティヴ・ロック史に残る楽曲ではないでしょうか。

2015年7月13日 - 姫路城



 筆者とその母、東京に住まう伯母夫婦、アメリカより来日中の従甥二人の計6名で世界文化遺産の姫路城に赴きました。従姉の子供たちである従甥たちとは10年ぶりの再会となります。当時はまだ幼かった彼等も今では中高校生。光陰矢の如し、時の流れの早さを身に沁みて感じましたとさ。


2015年7月10日 - Finch


Finch - What It Is To Burn
Finch - Letters To You
Finch - New Beginnings (Live)
 2000年代初頭のポストハードコアを牽引したカリフォルニア出身のバンド、Finchの1stアルバム『What It Is To Burn』収録曲。アグレッシヴな演奏と美しい旋律の均衡は圧巻の一言に尽きます。


2015年7月9日 - Chunk! No, captain Chunk!

Chunk! No, captain Chunk! - In Friends We Trust
 2007年にフランス・パリで結成されたイージーコアバンド。親しみ易い歌唱と激烈な演奏の融合が聴けます。


2015年6月1日 - 奈良公園


 うまい具合に一頭もこちらを向いてくれませんでした。


2015年5月13日 - Hoobastank

Hoobastank - This Is Gonna Hurt
 3年前に発表されたアルバム『Fight or Flight』収録曲。僭越ながら日系人がリードボーカルを務めるロックバンドが大成するのは非常に珍しいことではないでしょうか。

Hoobastank - Out Of Control
 2003年に発表された楽曲。筆者がこの曲を初めて聴いたのは中学の頃になります。

Hoobastank - The Reason
 Hoobastank の楽曲の中で最も商業的成功を収めた楽曲。アルバムは全米で最高3位を獲得。2004年には第47回グラミー賞最優秀ロック・アルバム部門にノミネートされました。

2015年5月10日 - Memphis May Fire

Memphis May Fire - Prove Me Right
 2012年に米国Billboardのインディペンデント部門で3位を記録したMemphis May Fireのアルバム『Challenger』収録曲。2014年にリリースされた『Unconditional』はインディペンデント部門1位、全米4位を獲得しましたが、当楽曲も彼等の持ち味を上手く引き出しているように思います。


2015年4月21日 - ポール・マッカートニー来日公演


 本日はポール・マッカートニーの来日公演を拝見するために京セラドームまで赴きました。彼と同時代に生きていること自体がとても感慨深いことだと思います。非常に貴重な時間を共有することができました。


2015年4月20日 - Rage Against The Machine

Rage Against The Machine - No Shelter
 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against The Machine)は1990年にカリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたバンド。「レッド・ツェッペリンとパブリック・エナミーの融合」と呼ばれる特徴的なサウンドと、マルコムX、チェ・ゲバラ、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアなどから思想的影響を受けた政治メッセージを持つ歌詞が特徴的。彼等のライブではゲバラの肖像画が掲げられたそうです。

 ボーカリストのザック・デ・ラ・ロッチャは政治色の強いチカーノ壁画家のメキシコ系アメリカ人の父と、反戦活動家である母の間に生まれました。ザックの父はセファルディムと呼ばれているスペイン系ユダヤ人で、母はドイツ、及びアイルランド系とのことです。
 また彼は10代の頃にベジタリアンになったようです。

「ベジタリアニズムというのは本当に素晴らしいことだと思う。僕は強く支持するよ。僕が思うに、家畜は食肉処理場での死のサイクルを通して、多くの苦痛を経験するんだ。殺されるために生きてるんだよ。僕はそんな動物を食べなくてもいいと思うんだ。食べ物は他にもたくさんあるし、自分たちをそんな痛みや死のサイクルに関わらせる必要はないんだ」


2015年4月19日 - Linkin Park

Linkin Park - Faint
Linkin Park - Somewhere I Belong
Linkin Park - Breaking the Habit
Linkin Park - Numb
 2003年にリリースされ、現在までに1,000万枚以上を売り上げたLinkin Parkのアルバム『Meteora』収録曲。筆者が音楽に興味を持ち始めた中学生の当時に流行したアルバムであります。マイク・シノダのラップが若干時代を感じさせますが、今でも違和感なく聴ける内容ではないでしょうか。


2015年4月12日 - Aerosmith

Aerosmith - Jaded
Aerosmith - I Don't Want to Miss a Thing
 2001年にリリースされたアルバム『Just Push Play』収録曲。ハードロックに嵌っていた中学生の頃に入手したのですが、数年前に売ってしまい今は手元にありません。残していれば良かったと今更ながら後悔中。


The Fall Of Troy


The Fall Of Troy - F.C.P.R.E.M.I.X.
 2005年に米国でリリースされた The Fall Of Troy の2ndアルバム『Doppelganger』収録曲。当時ギターボーカルのトーマス・エラックは18歳でした。スリーピースでこれだけの演奏が可能とは驚愕であります。


2015年4月11日 - Crooked Teeth(薄暗いビルと空の境界線が"歯並びの悪い口"に見える)


Death Cab for Cutie - Crooked Teeth
 2005年に100万枚を売り上げた Death Cab for Cutie の6thアルバム『PLANS』収録曲。喩表現の多い歌詞が特徴的なバンドです。このMVは様々な人間関係における葛藤を描いたものと解釈できますが、それにしても大雑把過ぎではないでしょうか。

Death Cab for Cutie - Title and Registration
 2003年にリリースされたアルバム『Transatlanticism』収録曲。アコースティックギターによるリフレインとフィルターの掛かった繊細なドラムの音が絶妙の風合いを醸し出してます。


2015年4月8日 - Don't Look Back In Anger

Oasis - Don't Look Back In Anger
Radiohead - Just
 どちらも英国で1995年に発表された楽曲となります。
 オアシスのノエル・ギャラガー曰く「コップに水が半分あるとして、まだ半分も残っていると楽観視するのがオアシス、半分しかないと悲観視するのがレディオヘッド」とのことですが、物事を多角的に鑑みるためには双方の視点が必要ではないでしょうか。

2015年4月7日 - 真空メロウ


 真空メロウの10年ぶりになる待望の新譜『アンナ*ソンナ*バカナ』が手元に届きました。独特な語感はそのままに深みを増した唯一無二の歌声と、独特な押弦のギター演奏が全編を通して拝聴できます。

真空メロウ - 魔9
 2002年にリリースされた真空メロウの1stシングル『魔9』が YouTube の公式アカウントにアップロードされました。真空メロウの初期衝動がこの一枚に込められているのではないでしょうか。

真空メロウ - 流行歌
 老舗インディーズレーベルのナゴムレコード傘下であるナゴムスタアからリリースされた2ndアルバム『SEA UNDERSTAND』収録曲。ナゴムスタア移籍後は独特なアクの強さが緩和されて聴き易くなりました。

 追記:4月14日現在、真空メロウの新譜『アンナ*ソンナ*バカナ』がディスクユニオン週間チャートのインディーズ部門で1位を記録した様子です。当初はあんまりなタイトルに先行きを案じましたが、どうやらそれも杞憂だったようです。


「壊れないように、また同じ嘘をつくけど」


 日本のバンドであるthrowcurveが2007年に発表した3rdアルバム『リコール』。「衝動と妄想が語りかける全6曲。すべてのうだつのあがらないロック少年少女諸君へ」(帯と紹介文より抜粋)。絶妙な二本のギターの絡み合いと突き刺さるような歌声が印象的。バンドは既に解散されましたが、多種多様な楽曲を世に残してくれました。

Audio Leaf - throwcurve
 上記試聴サイトで『リコール』の収録曲が聴けます。

throwcurve - エーとビー
throwcurve - N.I.P
 公式アカウントに残されたMVは数少ないようです。


Dance Gavin Dance

Dance Gavin Dance - Death of the Robot with Human Hair
Dance Gavin Dance - Stroke God, Millionaire
Dance Gavin Dance - Strawberry Swisher pt. III


2015年4月3日 - Something To Write Home About


 1999年にリリースされたThe Get Up Kidsの2ndアルバム『Something To Write Home About』。愛くるしいジャケットもさることながら、90年代のエモを語る上で欠かせない名盤のようです。


2015年4月2日 - 井の蛙、天を仰ぐこと能わず


 勤務先の調理場ではコックコートではなくエプロンを着用してますが、少し困った事態が往々にして発生します。それは食材の買い出しの際にスーパーの店員と頻繁に間違えられることに他なりません。目当ての商品がどこに置いてあるのかという問いかけに、毎度のように「店員ではありません」と返答しなければならないのは非常に面倒です。いっそのことスーパーのどこに何があるか把握して懇切丁寧に教えたいと思う今日この頃です。


「お前は高校に逆戻り」

Nirvana - Blew (Rhino Records 23/6/89)
Nirvana - School (Rhino Records 23/6/89)
Nirvana - Negative Creep (Rhino Records 23/6/89)
Nirvana - Floyd The Barber (Rhino Records 23/6/89)
 米国のオルタナティヴロックバンド、Nirvanaのインディーズ時代のアルバム『Bleach』の発表に合わせて1989年に執り行われたインストアライブの映像。1991年に発表された『Nevermind』とは異なり、80年代から脱却していない音楽性と容貌は新鮮に感じます。この場に居合わせた人々は後にNirvanaが米国の音楽史にとって重要な存在になり得るとは想像だにしなかったでしょう。


防衛機制 - Wikipedia
 臨床心理学用語における否認(denial)とは、ある人物が問題や状況について事実または現実を認識できない、或いは認識したくない状態のこと。抑圧はその出来事を無意識に追い込むが、否認は出来事自体が存在しないかのような言動を促す。要約すると直視したくない現実に対する拒絶反応。精神分析学者で精神科医のジークムント・フロイトが提唱した概念。


2015年4月1日 - 生き残ったのは俺たちだけらしい


 過去は過ぎ去りもうない。未来は来たらずまだない。
 ならば精一杯、今この瞬間を生きるんだ。


2015年3月31日 - the cabs

the cabs - anschluss
the cabs - キェルツェの螺旋
the cabs - 二月の兵隊


2015年3月29日 - 神戸ハーバーランド



 聳え立つ神戸ポートタワー。


Punk Goes 90s Vol. 2

 大盛況のカヴァー・コンピレーション・シリーズ『Punk Goes 90s Vol. 2』よりYouTubeで配信中の楽曲を記載。上手くアレンジされた曲もありますが賛否両論ありそうですね。

Chunk! No, Captain Chunk! - All Star
Scared - My Own Worst Enemy
The Color Morale - Everlong


2015年3月28日 - Foo Fighters

Foo Fighters - Everlong
 Nirvanaのドラマーだったデイヴ・グロールがギターボーカルとなって結成されたFoo Fightersが1997年に発表した『The Colour and the Shape』収録曲。Everlong とは「ずっと」「不滅」などの永遠を表わすスラング。

Foo Fighters - All My Life
 2003年グラミー賞における最優秀ハード・ロック・パフォーマンス受賞曲。

Foo Fighters - Something From Nothing
 昨年リリースされたFoo Fightersの結成20周年記念作でもある『Sonic Highways』のリードトラック。今作はNirvanaの『Nevermind』でプロデューサーを務めたブッチ・ヴィグとの共同プロデュースとなります。

Foo Fighters - The Pretender


2015年3月27日 - ASIAN KUNG-FU GENERATION

ASIAN KUNG-FU GENERATION - Easter / 復活祭
 職場のある地下街でこの曲が流れたのでそれとなく記載します。元Nirvanaのドラマーであるデイヴ・グロールが主宰となって結成されたバンドのFoo Fightersが設けたプライベートスタジオで収録された曲だけあって、真に迫ったものに仕上がったのではないでしょうか。

ASIAN KUNG-FU GENERATION - 君という花
 日本語によるエモの最高峰、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの1stアルバム『君繋ぎファイブエム』収録曲。構想が膨らみ過ぎたのでしょうか、演奏時間が6分を優に超える大曲であります。

ASIAN KUNG-FU GENERATION - リライト
ASIAN KUNG-FU GENERATION - ループ&ループ


2015年3月26日 - あの高校は校則が厳しくコートもカバンも指定だった


Nirvana - Smells Like Teen Spirit
 1991年に発表されたオルタナティヴロックバンド、Nirvanaのメジャーデビューアルバム『Nemvermind』の収録曲。当時全米1位だったマイケル・ジャクソンの『Dangerous』を蹴落として全米1位を記録する要因となった歴史的な名曲です。ギターボーカルのカート・コバーンは当時メインストリームにあったロックバンドを「ファッションだけ」と貶し、某ポップスの女王を「ブタ」呼ばわりするなど、一連の言動は大きな話題となりニルヴァーナ・ショックと呼ばれる社会現象にまで発展したそうな。日本で破れたジーンズや古着ファッションが浸透し始めたのも、元を辿ればカート・コバーンの服装が影響を与えていたようです。

「俺たちのリスナーに要望がある。もし君らの中に、何らかの形で同性愛者や肌の色が違う人、或いは女性を嫌っている奴がいたら、これだけはお願いしたいんだ。俺たちに関わるな。ライブにも来るな、レコードも買うな」──カート・コバーン

・臨床心理学用語におけるdenial(否認)とは、精神医学において、ある人が問題または状況について事実または現実を認識できない、あるいは認識させない状態。
・サビ後半部分では文末で韻を踏む"脚韻"に加えて文頭で韻を踏む"頭韻"の技法が使用される。
・歌詞は皮肉にも"十代の流行は伝染病のように馬鹿げている"という内容。

「大勢いるパーティーの最中に一人で突っ立っているのは居心地が悪い。俺たちはここにいる。愉しませてくれ」と言うと「自分から変わらないと」と至極詰まらない正論を言う輩が現れそうですが、もし冷遇される原因が"肌の色"等にあるとしたらどうでしょうか。いずれにしても家庭環境に恵まれないだけでマイノリティの代弁者になるのはお節介が過ぎるので、Smells Like Teen Spiritはその辺をオブラートに包んだ"マイノリティの主題歌"ではないかと憶測したりします。

Nirvana - Lithium
 マルクスの「宗教は民衆のアヘン」という表現に倣って作られた曲。Lithiumとは炭酸リチウムのことで、医療上は双極性障害の治療薬として使用されますが、元々はアヘンも医療用薬品だったように、使用方法によっては毒にも薬にもなり得るという意味のようです。

Nirvana - Heart-Shaped Box
 現在までに4,000万枚以上の売り上げを誇る『Nevermind』が彼等の代表作として広く認知されていますが、1993年に発表されたアルバム『In Utero』の薄暗い地下室で鳴り響くような音響と真に迫る演奏も捨てがたいと思います。

Nirvana - You Know You're Right
 MTVで放映されたカート・コバーンの追悼特番でこの曲を聴いたのが筆者がNirvanaを知った契機でした。独特な歌唱方法に度肝を抜かれたのを覚えています。不穏な映像も相まりこの人は死んでしまうのではないかと直感しました。しかしながら彼が後世のミュージシャンに与えた影響力を知ったのはそれから随分と後のことになります。


2015年3月25日 - Smashing Pumpkins

Smashing Pumpkins - Being Beige
 昨年リリースされたスマッシング・パンプキンズの新譜『Monuments to an Elegy』より選曲いたしました。

James Iha - Be Strong Now
 初期のギター担当だったジェームス・イハ(井葉)は父方の祖父が沖縄出身ですが、育ちはイリノイ州にある世界都市シカゴ。現在はニューヨークを拠点にソロ活動、音楽プロデューサー、ファッションデザイナーなど多種多様な活動をおこなっているようです。

The Smashing Pumpkins - Tonight, Tonight
 1995年にリリースされた3rdアルバム『メランコリーそして終りのない悲しみ』収録曲。全米1位を記録した本作が彼等の代表作。インディーロックとオーケストラの融合は当時としては鮮烈だったようです。

The Smashing Pumpkins - Today
 何はともあれ髪の毛がある頃のビリー・コーガンも輝かしいです。ジェームス・イハの女装はさて置きまして。


2015年3月22日 - Roger Rabbit


 最近はRise Recordの所属バンドを頻繁に拝聴してます。このレーベルはポストハードコアやメタルコアのバンドを多く輩出してるようですが、アコースティックの楽曲も目を見張る出来栄えであります。そんなわけで一昨年のアルバム『Feel』で全米3位を記録したバンド、Sleeping with Sirensのアコースティック・アルバム『If You Were a Movie, This Would Be Your Soundtrack』より選曲いたしました。他にもYouTubeの公式チャンネルでは所属ミュージシャンの楽曲を配信しているようなので、気になる方は是非ともチェックしてみて下さい。果たして採算が取れるのでしょうか。懐の広さに脱帽であります。


Issues - Hooligans (Reimagined - Diamond Dreams)
 Rise Recordに在籍するメタルコアバンド、Issuesが昨年リリースしたアコースティック・アルバム『Diamond Dreams』収録曲。下記の原曲と比較するとあまりにも印象が違い過ぎるので、その差異を楽しむことが可能な一枚ではないでしょうか。

Issues - Hooligans
 アコースティックの楽曲からは想像し難い代表曲。ヴァースは通常のメタルコアですが、サビでボーカル・グループを彷彿とさせるコーラスに変わるのが特色。


2015年3月20日 - 財布こま


 職場の料理長からの頂き物です。
 物事が上手く回るように願掛けされたものらしいのですが、実際にこれを財布に入れると穴が開くとのこと。
 あなおそろしや。


2015年3月18日 - 汝、己の手を穢すべからず

 
 


2015年3月14日 - 高取神社


 高取神社から神戸市を一望いたしました。


2015年1月24日 - 大吉


 さびしさに 何とはなくて 来てみれば うれし桜の 花ざかりかな


2015年1月21日 - 夢

 詩編を読む夢を見た。有限のものは儚いという内容で、最後は"かみ"と結ばれていた。


2015年1月14日 - My Bloody Valentine


 今年は職場で念願の義理チョコを貰えました。


2014年12月28日 - 懇親会


 本日は音楽仲間の間で執り行われた懇親会に招かれました。
 楽しい時間は経つのが早い。そんな愉快な一日になりました。


2014年12月22日 - レタスの収穫



 職場に設置された水耕栽培器で育てたレタスの収穫を執り行いました。
 率直な感想を言うと業務スーパーで購入した方が早いと思うのですが、水耕栽培器を使用することで従業員が一丸となって小さな命を育てる優しい心が育まれたのではないでしょうか。


2014年10月21日 - 君と歩いた道



 本日飼犬のカナが静かに息を引き取りました。
 晩年は癌との闘病生活になりましたが、痛みに耐えてよく頑張ってくれました。
 筆者が小学6年の頃から27歳になるまで実家にはこいつが居てくれました。
 もう二度とペットは飼わないだろうけど思い出をありがとうな!
 どうか安らかに。





2014年10月17日 - 記録に残らない記憶


 どうぶつの森でフレンドと親睦を深めました。
 ちょっとしたハーレム状態に恐縮しきりの村長でしたとさ。


 楳図かずお氏を彷彿とさせるマリンスーツをいただきました。


 この直後に通信エラーが起きて昆虫採集のデータは飛んでしまいましたが、大切な思い出までは決して消えません。


2012年6月9日 - 高知観光




 家人の付き添いで今度は高知まで足を運びました。


2012年2月4日 - 東京観光



 大都市東京に行くの巻。
 この日、新宿JAMで執り行われる真空メロウの再結成ライブがお目当てであります。

真空メロウ - レオナル堂
 この曲を初めて聴いたのは多感な15歳の時分でした。
 尖ったギターサウンド、厭世的で抽象的な歌詞、奇を衒った曲展開。何よりも声質が変声期以前の筆者と似ていたので親しみを持てたのを覚えています。そんな筆者も今では声変わりしてありふれた声質になったのですけど。

真空メロウ - 流行歌


2011年8月31日 - 須磨海水浴場




2011年8月17日 - 一家団欒


 盆休みを利用して大阪で会社員(SE)をしてる兄が実家に帰省しました。
 写真に写っているのは飼い犬のカナと兄の足の裏。

 ちなみにWikipediaによるとシステムエンジニアとは日本のIT業界における特殊な体制から生じた和製英語で、国際的にはソフトウェアエンジニア、ソフトウェア開発者、プログラマー、ハードウェア技術者などの表現が正しいとのことです。

2010年2月26日 - 静岡観光



 家人の付き添いで静岡まで足を運びました。


 筆者近影。
 お見苦しい姿をお見せして大変申し訳ありません。


2008年9月14 - 鳥取観光


 当写真は鳥取砂丘にて撮影されました。
 左から筆者、白髪の増えた父、髪の薄い通りすがりの人。

 後日同僚にお土産の砂たまごを配ったところ、「一人で歩いて行ったの?」と不審がられましたが、皆様も鳥取砂丘に行った際は砂たまごを是非ともいかがでしょうか。


2008年8月10 - SUMMER SONIC 08




茜色の夕日

 2007年8月下旬、2年間ほど務めた非正規雇用の仕事を唐突に解雇されて、同年10月に小さな町工場に入社する運びになった。

 緊張の初出勤日、延々と続く変わり映えのしない道を猪突猛進に歩き続け、勢いあまって会社の目前を通り過ぎ、咄嗟に踵を返したところ、今度は足を滑らせて転倒しかけてしまった。この先、無事にやって行けるのか不安になりながら気を取り直して社内に入ったが、まだ誰も来ていないようだった。

 不意に後ろから声を掛けられたので振り向くと一人の女性が立っていた。軽く自己紹介を終えると、いきなり好きな音楽は何かと訊ねられた。
 彼女はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT、NUMBER GIRL、Syrup16g、BUMP OF CHICKENなどの下北系のバンドが好みらしく、すぐに意気投合した。その上に同じ持ち場だったので彼女から直々に仕事を教わることになった。
 ちなみに会社の前で足を滑らせた情けない後ろ姿はしっかりと見られていたらしい。

 翌日、何かお勧めのCDを持って来るように頼まれたので彼女の気に入りそうなCDを数枚持ち出して聴かせたところ、フジファブリックの「茜色の夕日」を甚く気に入ったようで何度も繰り返し聴いていた。
 後日、そのCDは彼女に渡すことになった。

「どうして彼女を作らないの。女の子が嫌いなの?」
 ある日、受け答えに困る冷酷な質問をされて「音楽に専念したいから」と訳のわからない返答をしてしまった。その流れで貯蓄が貯まったら録音環境を整えて宅録したいという密かな夢まで語ってしまった。
 まるで馬鹿みたいだ。

──昼休み、結婚して東京に引っ越すことを告げられた。
 要約すると僕は寿退社する彼女と入れ替わりに入社することができたようだ。その後はなぜか彼女の人生相談に乗ることになったが曖昧な答えしか返せなかった。相談は人間関係や子供時分の思い出話にまで及んだ。彼女は長い間、自分は変人なのだと思い込んでいたが、最近になって常人だと潔く悟ったらしい。東京では友人を作った方が良いのか訊かれたが、子供ができたらママ友ができるとは流石にその時は言えなかった。その他にも意外と共通点があって驚いたが、横から割って入ってきた事務員に「結局のところ結婚はお金」だと断言されてしまった。

 翌週に執り行われた送別会では、彼女に飲んでるカクテルを取られたり、テーブルの下で膝の上に足を乗せられたり、なぜか靴下を脱がされたり、酔って事務員と一緒に横になり休んでいると足裏マッサージで叩き起こされたりした。  とにかく夢見心地なひと時だった。

 送別会の帰り道、彼女の方から手を繋いできた。
「今日は手が冷たいね。手が冷たい人は心が温かい」
 恋人繋ぎのまま手を引っ張られたので腕が少し痛んだが、彼女の左腕にあるリストカットの痕を思うとたいした痛みじゃなかった。

 しばらく歩いているとタクシーの前で抱擁する中年の男女が居て、それを真似るような形で彼女に抱擁された。
「私の部屋に来ますか?」
 そう訊かれたので躊躇わずに一度だけ頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 生まれて初めて自分という忌み嫌われた存在のすべてを胸に抱きとめられて全肯定されたような心持ちになった。どこか諦めて迷いながら選んだ道だったが、彼女と出逢ったことにより、死なずに生きることを選んだことが間違いではなかったと素直に思えたし、生きる価値や意味を見出すことが出来た。少なくとも僕にも人を愛する権利と心が僅かでもあることを知れたのだった。そうして、これまで起きたすべての出来事は彼女と出逢い、意思疎通して、そこから人生の意義を学ぶためにあったのだと悟り、果てには自分はこの日のために生まれたのだと直感した。同時に人と心を深く通わせるのはこれが最初で最後になるだろうと予感した。だから僕にとって彼女は最初で最後の最愛の人になるのだろう。

──しかし、その場に居合わせた上司に無理やりタクシーに押し込まれて一人で家に帰る羽目になりましたとさ。

 その数日後、事務員から携帯のアドレスを書いた紙を渡された。彼女がいなくなって寂しそうだからメル友になろうとのこと。それから予想だにしない泥沼の展開に見舞われるのだが、それはまた別の話。

 喩え世界中に忌み嫌われその存在を無視して否定されようとも、彼女が僕という存在を抱きしめて全肯定してくれた過去は、僕の人生において最も大切で屈強な記憶に他ならない。この先どんな困難が待ち受けていようと、そうして孤独に呑まれようと、僕の記憶には彼女と過ごした僅かで確かな日々が今も息吹いている。それが一過性に過ぎない勘違いだろうが何だろうが、もう二度と困難を前に絶対屈しないと心の底から誓う次第だ。繋いだ手はいつか必ず離さなければならない。それでもあの日、彼女と手を繋いで歩いた記憶と温もりは決して失われはしない。


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